介護疲れによる悲しい事件が最近は頻発しています。血のつながりのある人を手に掛ける気持ちは想像を絶するものがあります。
八十六歳の母親の介護費用のために生活苦に陥り、母親と相談の上で殺害したとして承諾殺人の罪に問われた京都の事件は世間に衝撃を与えました。この事件は結構取り上げられたので印象に残っている人が多いのではないでしょうか。裁判所の判決は執行猶予のついた温情判決になりました。悲劇になる前に相談をして欲しかった、などとワイドショーのコメンテーターが毒にも薬にもならないコメントをしている光景を目にした人は多いのではないでしょうか。高齢化社会がこのまま続いてゆくことが分かりきっているので、この種の、介護による生活疲れで引き起こされる事件は増えていくだろうと思われます。
悲劇の原因は生活に疲れたからに、生活することが困難になったからに他なりません。生活が楽しければ、いえ、普通の生活が送れていれば、こんな事件が多発するはずはないのですから。
それでは介護をして、充実した生活を送ることが出来ないのかといえば、そうではないようです。ある程度の蓄えや収入がある人たちは両立させている人が多くいます。では、そうでない人、裕福でない人のために公的扶助があるわけですが、それがまともに機能しているという状況ではありません。生活保護受給者が戦後最多になろうとしています。生活保護が生活弱者より社会寄生者を養うために使われているような現状を正すべき時に来ているのではないでしょうか。
2011年11月21日
辛い介護生活
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